Artist “YUSUKE HANAI” ロング・インタビュー

Artist “YUSUKE HANAI” ロング・インタビュー
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2000年前半よりキャリアをスタートさせ、
オリジナリティ溢れる作品を発表し続ける花井祐介。
どこかおかしく、ペーソスあふれる作品に、心揺さぶられた人も多いだろう。
BEAMSやVANS、GREGORYなど、数多のプロダクトも手がけ、その人気も高い。
そんな花井祐介はどんな人物なのか。作品の話はもちろん、これまでの経歴から好きは音楽まで、
多方面から様々な話を聞いたロングインタビュー。
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—— Weekend Session(以下WS):そもそも絵に興味を持ったのは?

花井祐介(以下YH):そこからですか?(笑) 子供の頃から絵は好きで、ずっとキン肉マンばかり描いてました(笑)。喘息持ちだったし、外で遊ぶというより、ずっと画用紙に絵を描いているような子供だったので。

—— WS:じゃあ、昔から絵をやりたいと思っていたのですか?

YH:でも、実際に絵で仕事をしたいと思っていたのではなく、ふざけて描いていただけで、美大に行こうとか美術系の専門学校に行こうとか、特に考えていなかったので。ただ、だらだら、のうのうと生きてて。

—— WS:でも、サンフランシスコのアートスクールに通っていましたよね。

YH:友達が高校生の時にバイトしていたカフェのオーナーに、友達みんなでサーフィンを教えてもらっていたんです。成瀬さん(The Road and The Sky、surfersのオーナー)ですね。で、僕らが19歳くらいの時だったかな。成瀬さんが、お店をやるから手伝ってくれと言われて、みんなで穴掘って基礎を作って、壁立ててThe Road and The Skyを作ったんです。で、その時にその中で一番絵が得意そうなのっていうことで、俺がメニューを描いたり、看板描いたりしていました。で、The Road and The Skyでバーテンダーのバイトをしながら、ずっとイベントのポスターを描いたりと、5年間くらい働いていて。やがてそういう絵を描いたり、ポスターを作ったり、メニューを描いたりするのが面白くなって、そういう仕事をしたいし、そういう勉強をしたいなということで、サンフランシスコに行って、アートスクールに留学したんです。

—— WS:なぜサンフランシスコだったのですか?

YH:21歳の時に、サンフランシスコからメキシコまでバックパック一つで、グレイハウンドの長距離バスに乗って旅をしたんです。その中で一番好きな町がサンフランシスコだったっていうのもあるし。そもそもサーフィンを始めた時に、先輩たちにアメリカン・カルチャーの影響を受けて、それこそビートニックだったり、ヒッピーカルチャーだったり、そういうのに影響を受けて、そういうところを見てみたいなと思ったこともありました。その頃ちょうど、relaxっていう雑誌とかで、よくバリー・マッギーだったり、クリス・ヨハンソンとかを取り上げてて、彼らもサンフランシスコにいるんで、そういうところを見てみたいと思ってました。だからそもそもサンフランシスコからメキシコまで行ったんです。そうしたらサンフランシスコが一番面白かった。できたら住んでみたいなと思いました。絵の勉強をしたいなと思ったのも、もう23、4歳頃だったし、日本の大学に行くのもなかなかハードルが高いし。だから、どうせならアートスクールで行ってみたい、(削除)住んでみたかったサンフランシスコのアートスクールに行ってみたいと思っていったんです。

—— WS:英語に対するコンプレックスとかはありましたか?

YH:語学力はゼロでしたけど、初めは英会話学校に行って、半年後は普通に大学の授業を受けられるくらいのレベルになったんで、そこからアートスクールに行きました。

—— WS:アートスクールは何年間いたんですか?

YH:そこから半年くらいでお金が底をついたんですよね。だから授業は基礎しかやってないです。それで一年経って、日本に帰ってきたって感じですね。

—— WS:帰ってきた後は絵を描く機会はあったんですか?

YH:いえ、日本に帰ってきても仕事はありませんでした。アートスクールは卒業もしてないので、全然絵での就職先もなかったから、ペンキ屋で働いたり、看板屋で働いたりとかしてて、引き続きThe Road and The Skyの看板とかポスターを頼まれてやったりしてたんですけどね。でも、サンフランシスコから帰ってきた次の年に、グリーンルームフェスティバルが始まったんです。その時The Road and The Skyもフードブースを出してて、そのためにメニューとか看板を描いてくれと言われて、それで描いたんですよね。グリーンルームフェスティバルは、元々アメリカで行われていたムーンシャインフェスティバルが母体となっていて、それを日本に持ってきたみたいなフェスだったんです。そのムーンシャインフェスティバルを主催していたのが、カリフォルニアにあるギャラリーを経営していたウィルという人で、ウィルはその時来日していて、僕の絵を見て、「お前の絵は面白いけど、どこかに絵は飾ってないのか」って言われて、僕はその時「ただ単にお店の看板を描いただけだ」って話をしたら、お前の絵は面白いからギャラリーに送れと言われて、それから作品作りを始めたんです。

—— WS:その作品はサーフギャラリーに飾ってもらって?

YH:そうですね。何点か作品を送って、その半年後くらいに連絡があって、「お前の絵が売れたぞ」って言われて「どんな人が買ったの」って言ったら、J.P.プルニエさんという人でした。彼は元々ベン・ハーパーとジャック・ジョンソンのマネージメントをやっていた人でした。で、そんなこともあって、そのギャラリーがやるグループ・ショーに毎回呼んでもらえるようになったんです。ニューヨーク、パリ、ロンドン、オーストラリアなどで展示してもらいました。そんなんでちょっとずつちょっとずつ描く仕事が広がっていきました。

—— WS:それはハプニングというイベントですね。

YH:そうです。ハプニングです。全ての会場には行ってないですけど。ニューヨークとパリには行きました。

—— WS:確かブラジルにも行ってましたよね。

YH:ブラジルはハプニングではないですね。ブラジルに新しくできる美術館に作品を置いて欲しいと言われて行ったんです。そこでマトソン2(花井は彼らを双子と呼んでいる)もライブをやっていて、そこで彼らと知り合いました。彼らのライブと僕が絵を飾るというタイミングが一緒だったんです。

—— WS:ただ、絵を描き続けてたけど、初めの頃はお金にはならなかったでしょ?

YH:そうですね。その時は普通に会社員として働いていました。ウェブの広告代理店でデザインをやりながら。

—— WS:いつ頃から描くことで収入を得られるようになったんですか?

YH:そうですね、本当にやめる…。う~ん、どうだろうな。本当にその会社で働いていた最後の方は大変だったですね。会社と作品制作のと掛け持ちで。でも、全然自信はなかったからなぁ。いつ頃?う~わかんないですね。じょじょにだったからなぁ。でもビームスとかの仕事が来だしたのは、え~っと、2010年頃だったのかな。もっと前だったかな。でもビームスから話が来たのは早かったですね。それこそハプニングで展示していて、会場にちっちゃく僕の名前が載ってるだけだけど。その中に日本人の名前があるというのでコンタクトしてきてくれて。で、Tシャツをやろうって言ってくれて。ビームスとかでTシャツをやらしてもらうようになって、ちょこちょこ仕事ができるようになってきました。それが仕事として飯を食えるようになったって感じはありましたね。

—— WS:最初の頃って花井さんのキャラクターがいましたっけ?

YH:最初の頃は波を描くことが多かったかもしれませんね。でも、キャラクターはいましたよ。一番初めから。それこそウィルが初め俺のことを見つけてくれた時は、サーファーの絵を描いてるのを見てって感じでしたからね。アンディ・デイビスとか、ジェフ・カナンとか、ウルフギャング・ブロックとか、すぐそこにいた人たちも僕の作品を見て、僕の描いた人の絵を見て気に入ってくれたので。それこそ「お前、リック・グリフィンの絵が好きだろう」とかって感じだったんで。

 

—— WS:花井さんの作品って、日本人離れしているように感じます。アメリカンテイストを感じんですよね。

YH:まぁ、好きなものがそれだって感じで、アメリカンカルチャーが好きだったというのもあるし。子供の頃からトムとジェリーが好きとか。だから、日本の人からはアメリカっぽく見られるし、アメリカの人からしたら日本人の絵は独特で面白いって言われるし。

—— WS:花井さんはサーフィンをやってるいますよね。サーフィンの影響が作品に現れることってありますか?

YH:サーフィンは好きです、自分はサーフ・カルチャーの中で見つけてもらったと思うのでもちろん影響は受けていると思います。
でもサーフィンの絵をかいている訳ではないですね。そもそもサーフアートと言う言葉が大嫌いですし。自分の絵を描くテーマとしてサーフィンをしている絵というのに興味がないし、面白みが感じられない。それよりもサーファーの普段の生活の方が絵の題材としては興味があります。
サーファーってやっぱり強烈じゃないですか。個性が強いというか。人間味があるというか。なんかそんな人を描く方が面白い、人のキャラクターを描く方が好きですね。

—— WS:キャラクターにはモデルがいますか?

YH:まぁ、そうですね。なんとなくこんな人はいるよねっていう絵が多いと思います。

—— WS:花井さんの作品には、どことなくポーカーフェイスだったり、シニカルな感じの人が多いですよね?

YH:う~ん、難しいですね。なんかね、笑えた方がいいなというのはありますね。あと、よくなんで笑顔じゃねえんだって言われるんですけど。そんな常にニヤニヤしてる人っていないじゃないですか。

—— WS:確かに。

YH:やばい人じゃないですか。常に笑ってる人って。それよりもなんか、みんな常にいいことばかりじゃないし、失敗して後悔することが多いけど、それをネタにして笑えるところに強さがあるというか、みんな何かあっても、次は頑張ろうってしてるじゃないですか。だいたい僕が描いてるのは、俺もお前もそんなことしちゃうよね、落ち込むよね、でもみんなそんなもんだよって、そんな日々の細かいことなんです。

—— WS:花井さんの作品には、よくニット帽をかぶってる人がいるでしょう。それが時は花井さん自身に見えるんですね。

YH:あははっ(笑)。よく言われるんですけどね。自分は描いてないですね。自分が出るのはあんまり好きじゃないから、自分のことは描かないですけど。でも、よく言われますね。似てるって。でも自分を描いてるわけじゃないです。

—— WS:花井さんの絵のテイストは、レトロな感じがするんですけど。

YH:意識して描いてるわけじゃないですけど、たぶん、元々好きだったものとかの影響でそういうことになっているんでしょう。やっぱり自分が影響されたものが無意識に出てくることって多いんじゃないですか。

—— WS:花井さんが作品を描き始めた少し前の頃って、レトロサーフィンというか、昔ながらのサーフィンがまた脚光をあびるようになってきて、ジョエル・チューダーとか若きレジェンドも出てきたじゃないですか。そんなレトロサーフィン・レボリューションというか、そんな影響も作品作りに反映されているような気がするんですけど。

YH:それはあると思います。サーフィンでも、僕は最先端のサーフィンとか好きじゃないし、コンペとかも興味ないし。それよりもなんか60年代とまではいわないけど、昔のサーフィンの方が見ていてかっこいいと思うし。

—— WS:それでレトロ感が出てくるんでしょうね。

YH:あとは音楽。それこそ60年代、70年代の音楽が好きで、そういうものをよく聴いてたりしてて。でそういう頃のサーフィン・カルチャーが好きで。僕が若い時にサーフィンが始めた頃って、だいだい怖そうな音楽を聴いてる人しかいなかったですね。ヒップホップぽいのとか、ハードコアやメロコアとかばっかりで。僕はなんかそういうのにあまり興味がなくて。なんか自分がこんな格好でいいのかなって感じだったですけど。長髪でボロボロの501にちっちゃめのTシャツやネルシャツとか。いなかったじゃないですか、昔は。なんか腰パンでキャップを斜めにかぶって、ブラックフライのサングラスかけてみたいな中で、自分はそうはなれないなと思っていました。そしたら、そんな時にジョエル・チューダーのロングボード・リバイバルがあって、その後に向うでレトロ・サーフみたいなのが出てきたりとか。あぁ、自分もこんな好きな感じでもいいんだった感じがあったんですけど。自分が描き始めた頃に自分の好きな人たちが出てきたんですよね。

—— WS:ちょうどタイミングがあったった感じですね。それで海外でも花井さんの作品を見る人は、どっかでそんな感じを感じとっているのかもしれないですね。

YH:まぁ、そうですね。どうなんですかね。どういう風にみられてんのか…。

—— WS:これまで自分の中で、描いていることが変わってきていることは?

YH:変わってると思います。前に描いた作品とかはどれも好きじゃないんで。もう、愛着とかもわかないですね。自分の過去に描いた絵に関しては。なんでこんな感じだったんだろうって。今のとこは過去の作品を見たら、後悔といったら変だけどい、今だったら描かないなというのばっかりですね。

—— WS:それは向上心?

YH:どうかわかんないですけどね。そんなに向上心のある人間でもないと思うんで。

—— WS:でも昔のを見ると、懐かしいとか。

YH:まぁ、懐かしいですけど、それよりも恥ずかしい方が強いですかね。

—— WS:ミュージシャンでも、昔の作品は恥ずかしいという人は多いですよね。

YH:そうなんですか。ミュージシャンって。ずっとあれじゃないですか。ミュージシャンは売れてる曲をやらないとダメっていう感じがあるから。逆にミュージシャンの人って、詞も描いてて、自分の気持ちを、20代の時の気持ちを40代になっても歌わなきゃいけないんだったら、大変だなと思ってたんですけど。

—— WS:昔の気持ちが稚拙なものだから、恥ずかしいと思う。

YH:でも、求められるから大変ですね。こっちは徐々に徐々に変えていってるんで、昔みたいな絵を描いてて言われないから。

—— WS:今の絵に関しては自分はすごく満足していますか?

YH:いや、そんなこともないと思いますけどね。飽き性なんですかね。

 

 

—— WS:描きたい気持ちは常にある?

YH:そうですね。描くのは、絵を描くのは好きなんで。あとはありがたいことに、描かなきゃいけない状況になってるので。

—— WS:生み出すのって大変じゃないですか?

YH:そうですね。だから最近はちっちゃい絵とかを数多く描くのって大変ですね。ちっちゃいの10個だったら、おっきいの1個ににしてもらいたい (笑)。アイデアを絞り出すのはが大変ですね。

—— WS:絵を描くのにインスパイアされるものってあるんですか?

YH:何かにインスパイアされるというのは、人を見たりすることが大きかもしれないですね。

—— WS:人間観察とかしてる?

YH:そうですね。それこそバーで働いてる時は、いろんな人が、変な人がたくさんいたから面白かったですね。

—— WS:自分の作品ってメッセージ性があると思いますか?

YH:メッセージ性があると思ってもらうと嬉しいですね。自分の中では、一応ある程度はいろんなストーリーを組んでやってるんですけど。なんか喋るのが、喋ったり文字にしたりするのがうまくできないんで、それを一応、絵には描いてはいるんですけど。こんなインタビューを受けててあれなんですけどね(笑)。喋るのは苦手ですね。

—— WS:今、発信したいことってありますか?

YH:いや、それはその時々によって違うし、その絵によっても違う。その絵がどこに出るかによっても違うだろうし、その時によって違うと思います。その絵一つ一つによって違うと思います。

—— WS:今年のグリーンルームフェスティバルでは、海のマイクロプラスチックのゴミのことを描いていましたよね。あの時は全ての絵がたった5分で売れたけど、手に入れた人にそのメッセージは伝わって欲しい?

YH:まぁ、ある程度は。もう絵の内容は買った人に任せてます。どう見るかは。絵を見て感じることは、買った人にというか、見る人に任せてるというか。自分からこうこうと説明することはあんましないし、絵を見る楽しみってそれじゃないのかなと思います。説教くさく、わざわざこの絵はこういう意味がと言われたところで、う~んって感じじゃないですか。見て、勝手に。自分の感じ方や考えでいいんじゃないですかね。でもまぁ、グリーンルームの時は、明らかにプラスチックゴミの問題について描いたんで。

—— WS:グリーンルームは特別だったんですか?

YH:なんかグリーンルームって、もともとはそビーチカルチャーとか、サーフィンとか、そういうことで始まったイベントだけど、今では、客層も変わって、イベント自体もおっきい音楽フェスになって、大成功じゃないですか。それはそれで素晴らしいと思うけど、でもせめて初めの方から出てる僕らは、元々こういうイベントで、しかも元々サーファーとかスケーターしか集まってなかったイベントだからという思いで描いたんですよね。そんな海の環境がどうのといったところで、サーファーとかは知ってるよって話じゃないですか。でも今はそういう人じゃない、まったく海の環境とか考えないような人達とか、若い人たちが来る場になったから。だからこそ、あの場であぁいうことを言う意味があるのかなって。そう思ってここ数年は、だいたい海の環境問題のことをテーマに展示しています。グリーンルームの時はそうして描いてますけどね。だからといって、普段の作品が全部環境問題とかそう言うことでもないですし、そんな説教くさいアーティストもつまんないじゃないですか。

—— WS:今はどういうものに興味があって、描きたいと思っていますか?

YH:hi-dutchさんみたいに個性的な人とか(笑)。でも本当に僕の絵はそんな感じですよ。すごく気になる人とか、面白いなとか、好きだななとか思う人とか。なんか初めに子供の頃から似顔絵を描いてふざけてた感じがあるんですよね。申し訳ないですけど、それがこう言う感じになっちゃってる感じで。なんかほんとすげー完璧なスーパーマンみたいは人を描くつもりはなくて、それよりもなんか、ちょっと癖があるけど、人として魅力的で、という人を描いてる方が、面白いし、昔からそんなんで友達とふざけあってた感じで、今もこんな感じになってるんで。

—— WS:今は海外とに日本で作品はどっちの方が多く出してますか?

YH:どうですかね。どっちもどっちですかね。でも日本の原宿にあるGallery TARGETと言うとこが、基本的にメインで絵を売ってもらってるんですけど、今年の4月には、ロサンゼルスのダウンタウンにあるシェパード・フェアリーというアーティストが持ってるギャラリーで、展示やらしてもらったりしましたけど。

—— WS:アメリカでも花井さんが受けてるのはなんでですかね?

YH:なんでですかね。僕も聞きたいです。

—— WS:何かがマッチしてるんでしょうね。

YH:う~ん、ありがたいことに。

—— WS:基本的に海外と日本で各テイストは変えたりとかはしていますか?

YH:いや、全然。変えてないですよ。それに合わせてと言うよりも、自分の興味あるものを描いてる方がいいと思うし。

—— WS:ビームスやバンズのコラボとかは相手の意見も入れてるんですよね。

YH:まぁ、プロダクトなどクライアントワークになると、違いますよね。もちろん。

—— WS:やはり相手の要望があってのことですよね。

YH:そうですね。あとはこんなの誰も欲しくないだろうと言うものを、作ってもしょうがないじゃないですか。それよりももっと使いやすいものとか作りたいですね。ちょっと前にコラボしたバンズやグレゴリーとかだと、普通に履いて履きやすい。けど、よくみたら僕の絵が使われているとかいう方が面白い。バンズの場合はバンズのチェッカーの中に僕の絵を入れたりとか、グレゴリーだったら、ぱっと見、迷彩っぽいけど、よく見れば僕の絵だったりとか。やっぱり使いやすくないと、そんなの作る意味もないと思うし。

—— WS:企業の仕事の他に、東山動物園とかのデザインもやっているでしょ。

YH:動物園の仕事ももちろんクライアントワークではあるのですが、でも、その中で売り上げの何パーセントかは、動物に寄付するということはしています。あとは基本的に自分がやるのは、なるべくならオーガニックのものを使ったり、フェアトレードにしたりとかはしたいんですけどね。おっきい企業になっちゃうと。そうそうそんな簡単にもできないんで、やれることをやってるだけで。

—— WS:影響を受けたアーティストは?

YH:一番初めは、それこそサーフィンが好きで、昔のサーフカルチャーには影響を受けているので、昔の60年代のサーフィン雑誌の中でイラストを描いてるリック・グリフィンと言うアーティストがいて、それを真似してたりしていました。元々はそこですね。

—— WS:音楽の話になりますけど、描いてる時に聴いてる音楽は?

YH:最近はTBSラジオの深夜放送を聴いてることが多いですけど(笑)。『JUNK』っていう(笑)。『爆笑問題カーボーイ』とかを聴いてるんですけど(笑)。もちろん音楽も聴きますよ。最近は、まぁ、ジャズも聴くし、ポストロックも聴くし、カマシ・ワシントンを最近聴いてることもあるし。

—— WS:カマシ・ワシントンは9月に来日しますけど。

YH:この間の来日は行きましたよ。昨年の8月の時。また来るんですか?今年?行きたい行きたい。

—— WS:チケットは売り切れてますけど。

YH:この間もチケットはギリギリでしたね。最後の一枚ですって言われて、やっと買えました、サインもらいましたもん。と言いながら、今、ターンテーブルにあるのはミンガス(チャールズ・ミンガス)。

—— WS:特にジャズとか、ポストロックを聴いてますか?。

YH:そうですね。まぁまぁ。でもロックも聴くし、うん。

—— WS:アメリカとかではポップアートを描く人って、よくパンクとか聴いたりとかしていますよね。

YH:ほんとパンクは多いですね。周りとか僕のちょっと上の世代の人とかってパンクをよく聴いていますね。

—— WS:でも花井さんの絵って、パンクを聴いて描くような絵じゃないですもんね。

YH:でも、それこそバリー(バリー・マッギー)さんとか、みんなそうですよね。みんなそのハードコア・パンクが好きみたいですよね。みんな、その年代の人はみんな。それこそレイ・バービーもパンクが好きじゃないですか。

—— WS:うん、好きですね。

YH:アメリカの小学校のボランティア活動を友人のアーティストとしていて、そのプロジャクトに関わってる人は、みんなけっこうその年代の人が多くてパンクが好きですね。中には実際にハードコアパンクのミュージシャンもいます。ティム・カーという人なのですが、ビッグボーイズというテキサスの80年代のハードコア・パンク・バンドのギタリストでイアン・マッケイと仲がいいそうです。僕でも知っているマイナースレッド、フガジですよ!
アメリカの小学校のイベントの話ってしましたっけ?毎年行ってるやつ。

—— WS:その話は聞いてますよ。でも、小学校のイベントの話はどこから来たんですか?

YH:友達が小学校の先生なんですよ。エリックと言ってアメリカのパラマウントっていう地区の小学校で先生なんです。パラマウントってコンプトンっていう町の隣町で、コンプトンっていうのはすごい悪いエリアなんです。映画にもなったじゃないですか。『ストレイト・アウタ・コンプトン』。ギャングスター・ラッパーがいっぱい出てそうな。

—— WS:いわゆるゲットー?

YH:ゲットーですね。でね、アメリカの公立の小学校は、基本的には美術と音楽の授業がないらしいんですよ。裕福な家は親が金を出して、音楽と美術の授業を受けられるらしいんですけど、お金がない地域の子供達は、ベーシックな授業。英語、算数、理科、社会ぐらいしか授業を受けられないらしくて。そのエリックは5年生の担任なんですけど、彼が以前、受け持ったクラスに、ちょっと自閉症っぽい女の子がいて、勉強はあまりできない生徒がいたんです。でも彼女は絵を描くのはすごい好きだったそうで。いつも絵を描いていた。でも絵を描いたところで、評価をされるところが全くない。だから彼女は鬱ぎ込むだけだったそうです。エリックは、その子になにもしてあげられなかったというのが、すごい心残りだったみたいで、美術や音楽の授業を受けられない子供達に、何かできないかということで、始めたボランティア。というか、放課後学級みたいなものですね。エリックが最初に声をかけたのがシェパード・フェアリーとレイ・バービー。元々友達だったみたいですね。生徒達に何かできないかなと相談したら、シェパードが友達のアーティストに声をかけてくれたんです。それがプロジェクトの始まり。シェパードは何か課題を出して、放課後に子供達にそれをやってもらおうよってことになって、レイはレイで「じゃあ、学校に行ってライブやるよ」とか。そういうプロジェクトが10年前から始まったんです。で、僕は「こんなこと今、始めたんだけど、なんか手伝ってくんない?」て言われて。第2回目から参加してるんですけどね。プロジェクトには1年間に10人のアーティストが参加して、で、ひと月ごとに各アーティストが子供達に課題を出していく。まぁ、課題ってほどの課題じゃないですけどね。例えば作品を提供して、それから子供がその絵にインスパイアされて、なんか作るとか。例えば僕の課題だったら「文字を使ってTシャツのグラフィックを作りましょう」みたいな感じでやっています。好きなように絵を描こうとか。言葉と絵を描きましょうとか。シェパードだったら、ステンシル使って、グラフィックを作りましょうとか。本当に簡単なことなんですけどね。そういう風にいろんなアーティストが参加して運営されています。で、アメリカって5月末が年度末なんでけど、そこで1年間通して作ったものを、体育館に全部展示して、発表会をやって、その中でどの作品が一番良かったかというような品評会をやってて、その品評会の後に、レイ・バービー達がライブをやったりするんです。そこでは子供達は自作のマラカスとかを使って、一緒にライブに参加するんですよ。

—— WS:それに参加していたのがティムさん?

YH:そう、何年前だったのか、ティム・カーが参加してたんです。彼は元々テキサスのビッグボーイズというハードコア・パンク・バンドののメンバーで、ティムさんが参加してから、「ティムがやってるんなら」って言うんで、けっこういろんな人が参加するようになりましたね。その時代のティムさん達の影響を受けてる人が多いみたいで。あんまり日本だと知られてないよね。でも、ハードコア・パンクが好きな人にとっては、けっこうレジェンドらしくて。禿げたすきっ歯のおじさんなんですけどね。

—— WS:アメリカはけっこう過去の遺産をリスペクトしますよね。

YH:それこそ、その年代のミュージシャンが一緒にライブやるんですけど。しかも学校で。ティムがやりだしてからマイク・ワットっていうミニットメンっていうバンドのベーシストで、それこそイギー・ポップと一緒にやっているような人も、ティムがやるなら俺もやるよって感じで、一緒にライブをやっているんです。レイ・バービーなんて、それに影響されて憧れてる人だからね。なんかもお前やれとっていう風に先輩風吹かされてやられてますけど(笑)。でも、そういう風にジェネレーションは繋がってる気がしますね。

—— WS:絵を描いてる時に、聴いてる音楽からインスパイアされることってないですか?

YH:どうなんですかね。音楽は好きで聴きますけど、自分では意識してないですね。さぁ、あるのかないのか。

—— WS:作品描いてる時とか家でリラックスしている時とか、音楽を聴きますよね。そう言う時って、アルバム丸々聴くとか、Apple MusicやSpotifyでプレイリストを作って聴くとかどう楽しんでますか?

YH:プレイリスト作るとか。そもちろんそれもありますけど、まぁ、その時によりますよね。もう一枚がず~っとリピートになってる時もありますしね。

—— WS:描いてる時って集中してて音楽が入ってくるんですか?

YH:そうですね。それもその時によりますよね。全然聴いてなくて終わっちゃったというのもあるし。でも音楽の聴き方は英語の理解度が重要だなって思います。ちょっと英語を使ってコミュニケーションを取れるようになって、友達と話すようになって、元々は雰囲気だけで聴いてたのが、内容をわかって聴くと全然違うんだなと思います。もちろんミュージシャンは伝えたいことがあって歌ってるわけじゃないですか。だからその歌が持つのメッセージの方に、作品が影響を受けるのはあるかもしれないですね。まぁ、音楽を聴いててスラスラッと入って来るわけではないですけど。ちょっと聴いただけでは歌ってることがすぐにわかんないけどね。それこそビッグボーイズのティムさんとかに、それはどういう歌なのかというのを解説してもらうんです。あの歌はこういうことを歌ってるとかね。すると歌に対する印象が変わってきます。やっぱり歌詞の意味がわかるのとわからないのじゃ、全然違いますね。だから、今更なって、ハードコア・パンクに影響されちゃってる(笑)。40歳過ぎのおじさんが(笑)。

—— WS:花井くんの年代的にはグランジの時代だったでしょ。

YH:そうですね。グランジには影響を受けましたね。中学生の時は。ボロボロのジーパンにネルシャツでてとかできたからね。

—— WS:ニルヴァーナとか?

YH:そうですね。カート・コバーン。その世代です。

—— WS:グランジは今でも特別?

YH:そうですね。好きですよ。

—— WS:今、一番聴いているのは?

YH:う~ん、今、聴いてるのは何だろうな?う~ん、難しいですね。双子(The Mattson 2)とかにしときましょうか(笑)。

—— WS:ライブなどはどう楽しんでいますか? 

YH:う~ん、難しいですね。でもライブは好きですよ。ライブは昔から好きで行ってはいます。最近は子供生まれてからはなかなか行けなくて、招待されてる時ばかりになっちゃってて(笑)。自分でこれ行きたいって行っていくのがなかなか減っちゃってるんですけどね。でもまぁ、好きで聴いてる音楽は、なるべくならライブで見たいなと思ってるんですけどね。それこそアメリカに住んでた時は、週に3回くらいとか行ってました。チケットは安いし、20ドルくらいで見れるし。で、サンフランシスコだとフィルモアとかウォーフィールドとか、ちっちゃいいいライブハウスがたくさんあって、しかもその頃はジャムバンドみたいなのが好きで。

—— WS:ロータスとか?

YH:そうですね。それこそグレートフルデッドをよく聴いてて。フィッシュもその頃すごく聴いてて、フィッシュのライブも見に行ったし、フィッシュのメンバーや、その周りのジャムバンド系とかよく聴いてましたね。やっぱ、あぁいうインプロビゼーションとかみたいなのは、ライブじゃないと見れないじゃないですか。完璧にCDと同じようにやるのもいいのかもしれないけど、ライブだったら、もうちょっと何かを期待しますね。ジャムバンドとか見ている時は、すごいライブに行ってましたね。ライブでしか楽しめない、感じられないものがけっこうあったんで。とはいえ、普通のミュージシャンもライブでしか見れないものとかたくさんあるだろうけれど。

—— WS:ライブペインティングはやらないんですか?

YH:僕ね、人前でやるのがヤなんですよ。人前で絵を描くのが本当に苦手で、脇汗びっしょりになりますね。「なんか今失敗したけど、見られてるんじゃないかな」とか。ライブペインティングをやる人ってすごいですよね。DRAGONとかKads MIIDAさんとか。僕が絵を描いてるところを見たって面白くないですからね。だってMIIDAさんとかDRAGONとかそうだけど、バーってやって絵になるじゃないですか。僕なんてちまちまベタ塗りしていったって、面白くないじゃないですか。絵の種類が違うというか。

—— WS:でも。壁に書いたりはしてますよね。

YH:壁に描くのはしてますけどね。それは壁に描いているだけで。描いてるところは別に見せるわけじゃないですからね。ライブペイントは、もうパフォーマンスですからね。

—— WS:なるほどね。

YH:人前に出たくない。なるべくなら人前に出たくない(笑)。

—— WS:duo MUSIC EXCHANGEの壁にペインティングをやってもらいたいなと思ってるんですけど(笑)。

YH:ライブペインティングは嫌ですよ。誰もいない時間ならいいですけど(笑)。

—— WS:この先、どうやって行きたいとか、ビジョンはありますか?

YH:明確な目標はないですね。このままこの感じで行ければいいのかと。なんか怖いじゃないですか。人気がなくなるというのは。来年いきなり仕事がなくなるなんていうのも怖いから。このペースで絵を描いて、サーフィンして、普通に生活していければ、それでいいんですけどね。高望みはしないんで。すいません、つまらない答えで。そんな野望はないんですよ。

 

花井祐介

50~60年代のカウンターカルチャーの影響を色濃く受けた作風は、日本の美的感覚とアメリカのレトロな イラストレーションを融合した独自のスタイルを形成している。シニカルでユーモアたっぷりなストーリーを想起させる作風は国境を越えて多くの人達に支持されアメリカ、フランス、オーストラリア、ブラジル、台湾、イギリス等様々な国で作品を発表。現在までにVANS、NIXON、BEAMS 等へのアートワークの提供など、国内外問わず活動の幅を広げている。

http://hanaiyusuke.com/

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