はじめてピテカントロプスになれた(気がした)日
文:櫻井 央(duo MUSIC EXCHANGE)/ Photo by 深堀瑞穂
僕が柳原陽一郎さんに初めてお会いしたのは、2016年の冬の終わりだった。それは、”公園通りクラシックス”という、渋谷の駐車場の地下でひっそりと営業する秘密基地のようなライブハウスでのこと。『4年に1度の歌の会』という、初見の僕からしたら、少しマニアックすぎるのでは…、と心配になってしまうタイトルが付けられたイベントだった。柳原さんが所属していた”たま”というバンドの存在は知っていたが、「タンクトップ」、「さよなら人類」、「ハムカツの歌」(“まちあわせ”という曲でした。失礼しました)という、ほんのちょっとのキーワードが、頭の引き出しの中にあるだけだった。調べてみると、”たま”のデビューは1990年ということで、僕の生まれた年と同じだった。自分が生きてきた年月分、柳原さんは音楽を鳴らし続けている。そんなどうしようもない事実と歴史に、途端に、柳原さんにお会いすることに緊張してきた。ライブはというと、閏年の2月29日にちなんで”4年に1度”歌うくらいがちょうどいい歌を歌う、というコンセプトだったのだが、「変だけど心地よい」柳原さんのメロディセンス、歌詞の言葉選びの巧みさにすっかり魅了されてしまった。そして、単純に「あぁ、なんだかこの人はものすごい人だ」という漠然とした感覚を覚えた。終演後にお会いした柳原さんは、とても穏やかだけど、カジュアルなブラックユーモアを秘めた方だな、という印象だった。
それから何ヶ月か時が経ち、10月17日、月曜。満月の夜。柳原陽一郎さんとMUSIC for LIFEの共同企画制作で、僕が少しサポートすることになったイベント「ピテカントロプスになる日 vol.2 〜Woman Sings “やな” Song〜」が渋谷duo MUSIC EXCHANGEで開催された。今回は、小谷美紗子さん、青葉市子さんという二人の女性アーティストを迎え、3マンという形でのイベントとなった。構成は、柳原さんがパーソナリティとなり、小谷美紗子さん、青葉市子さんのそれぞれの持ち歌を一緒に歌い合い、最後に「さよなら人類」を全員で演奏する、といったもの。もちろん各々のソロの時間もたっぷり取られている。
柳原さんが”歌手はうたうだけ”を挨拶代わりに演奏し、早速最初のゲスト、青葉さんをステージへと招く。青葉さんの楽曲”ゆめしぐれ”に、柳原さんがアコーディオンで音を重ねる。青葉さんのソロパート(この間、柳原さんはステージ上のソファに座り、演奏を眺めている)を経て、今度は柳原さんの”満月小唄”を二人で披露。美しいハーモニーに、自然と涙腺がゆるむ。奇しくも今日は満月。月と女性、というのは古来、切っても切れないものであるし、今日のイベントもこの歌も、なんだかピッタリだな、と思った。
ここで柳原さんが1曲、”最後の日”をキーボードで弾き語り、次は小谷さんがステージに上がる。まずは、小谷さんの曲から「手の中」を二人で演奏。女性と男性の歌声が重なると、こんなにも神秘的なものになるのかと、思わず聴き入ってしまう(個人的には、この曲がこのイベントのハイライトだった)。小谷さんのソロを挟み、続いて柳原さんの”真珠採りの詩”をデュエット。柳原陽一郎らしさ全開のユーモラスな楽曲に、小谷さんのスパイスが溶け合う。
柳原さんのソロを経て、お待ちかね、クライマックスは”さよなら人類”。小谷さんはピアノと歌、青葉さんはクラシックギター(たまにスライドホイッスル)と歌で参加。ストレートな感想は、「楽しそうだなぁ」。こんなにも出演者自身が楽しんでいるイベントは、他にないのではないだろうか。 アンコールで、柳原さんがレナード・コーエンのカヴァー曲”ハレルヤ”を演奏し、イベントの幕を下ろした。
このイベントを準備し始めて、この日を迎えるまで、内容だったり、構成だったり、もちろんいろいろなことを考えてきたわけだが、「なんと素敵なイベントなのだろう」と、素直に感動してしまった。使い古された陳腐なスローガンのようになってしまうと嫌だが、「音楽の喜びや幸せ」が、限りなく詰めこまれたイベントだったと思う。
素敵なイベント、歌に出会えたことに、心から感謝すると同時に、このイベントを、よりたくさんの人に伝えていこう、と胸に誓った。
今夜、柳原陽一郎の”歌”に触れる内に、僕は少しだけ、音楽という大きな惑星の上で、ピテカントロプスになれた気がした。